思考は思考なんだから

一昨日遊んだユニークさんが

「小さな成功体験を積み上げることにする。だから果てしなく遠くにある目標を掲げるのではなく、ちょっと手を伸ばせば叶うことをたくさん目標にして達成する。タワシちゃんはこの連休の目標は何?」

みたいな事を聞かれたので

「お、おう。それじゃあ月曜日に美術館に行く!」

と宣言した。

だから今日は美術館へ行った。

ふたつの展示を観た。ひとつは少し考えさせられるものがあったり、帰ったら何か描きたいな。と思ったのでそれなりに楽しめたと思う。

しかしもうひとつの展示については面白くもなかったし、なんなら怒りを覚えたのである。

もしかしたら前にも書いたかもしれないけれど、さもさも「これがアートでござる。」みたいなわけのわからん、意味のわからんもんを見ると無性に怒りが込み上げてくるのだ。

それはタワシの感受性が弱いからだとか、アートをそんなふうにしか観れないアンタは器が小さいのだ、とか思うならご勝手にどうぞ。

ただ個人的にそういう類の作品をつくるアーティストも、そういう類の、何でもないものを「素晴らしい」という流れの中にいて、自分も何かを感じました、良かったです。という素ぶりをしているくせに、その事に気づきもせず本気で自分を「アート好き」だと思っているつまらない輩も嫌いなだけだ。

例えて言うなら、例える自信はないが誰かが

「家を出て駅へ向かう途中で忘れ物に気づき、歯磨きセットを買うためにコンビニへ寄ったら、オシャレだが高いやつと普通で高くないやつがあって、この歯磨きセットは今日友だちのうちに泊まるために買うのだけれど、だからと言って明日捨てるわけではなく、また使うだろう。しかしうちには既にこないだ買った歯磨きセットがあるので別に今オシャレなものを買う必要はないな、と思い、安いほうを選んだ。しかし今は少し後悔している。何故なら〜。」

と誰かが言ったらすごくオモロイ。

この話はアートだな、と思う。

しかし一方で誰かが

「うちには歯磨きセットがあったけど、ダルいので探さず、駅までの道中にあるコンビニで歯磨きセットを買った。見てこれ。あのブランドとのコラボ商品なんだってさ。だからこれにしたんだ。隣にあった歯磨きセットと何が違うのかわからなかったけどさ、こっちが"買い"でしょ。歯磨きしてる自分、オシャレじゃん。」

の違いみたいなもの。

でだったら嫌いでも

「じゃあ何で嫌いなのか」

を思考したほうが本当の意味でその類のアートを鑑賞してない?と思うから。

だからタワシみたいなアートの鑑賞方法を異端のように扱わないでくれ、と思う連休最後の涙涙の22時。

 

それではみなはん、また明日。

この場所で。

 

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