明日で今年も仕事納めだ。
ここは夕方になると大きな窓から夕陽が差していつもオレンジ色に光る。
きれいだ。
明日有休を取っている人は今日で終わる。
その人から、もう何十年と人間が繰り返しているお決まりの挨拶を聞く。
私はこの言葉を、正月休みに仕事のことを思い出して心配しないように過ごすために、言わなければならない呪文のように使っていた。
中身なんて入ってない。上っ面だ。
しかし今日のそれは嘘臭くなく、本当に
「どうぞ来年もよろしくおねがいします」
と思えた。
スゲーと思った。
この一ヶ月の穏やかな日常がいつ崩れるのか(あるいは崩しているのは自分なのかもしれないが)、壊れないよ、という確信が欲しくて私は分析ばかりしている。
おそらく。
恐らく今一緒に働いている人たちはみんな、常に一歩引いている人たちなのだ。
言葉も動作も。
引く事で安全地帯が確保され、距離は逆に縮まる。
そんな気がしている。
余裕がないとなかなか人は優しくなれない。
余裕は余白だ。
ここの人たちは自分が一歩引く事によって「相手のスペース」に余白をつくりだしているのではないだろうか。
だって私という人間に余白は一切ないのだから。
誰かが余白をプレゼントしてくれない限りいつもいっぱいいっぱいなんだから。
駆け引きとは違うやつ。
一歩引く。
これはとても大事なことのような気がした。