惑星の剥製

昨日、ゴミとそうじゃないものの境界線はなんだ?と自分で問うておいて、もしかして答えがわかってもたかもしれん。

諦めた時に「それ」はゴミになるのではなかろうか。

「それ」が「それ」じゃなくなったのは「それ」を「それ」として見ることをタワシ自身がやめたからだ。

諦めたからと言ってもいいかもしれない。

タワシが茶色くなった花びらを見てそこにまだ桜を見続けることができたなら、それは未だ桜なのだから。

夢しかり。

成功者は皆、声を揃えて「続ける事が大事だ」と言う。

諦めない限り破れることも負けることもない。

諦めない強さがあれば必ず成功するのが自然の摂理ということなんじゃなかろうかと推測する。

あれもこれもいろいろ自分次第なのだ、きっと。

弱い自分のままで強くあるためにどうしたらいいか。

それはもう周りの強く優しいヒトビトの心が鉄筋コンクリートのようにタワシをグイグイ支えてくれる。

また、時にクレーンよろしく引っ張りあげてくれる、それだけだ。

それしか思い浮かばないしそう願って全く止まらないのである。

タワシはチビ助で高いところに全く手が届かないくせに、背伸びをするとポッコリお腹が出るので背伸びをしたくない。

また、ぽっちゃりフォルムで、壁と誰かの隙間を通るときはポッコリお腹を一瞬だけ誰かの背もたれに乗っけないことには通れない。

扁平足で歩くとすぐに疲れて鬼の形相になるし、プップク・プップク・オナラも止まらない。

それでもタワシのどこかには放っておけないチャームポイントが隠れており、そこがちらちらチラリズム。

そんなタワシを放っておけない老若男女のステキヒトビトにタワシは是非支えていただきたいのだ。

だって1人じゃ無理だもん。

そう開き直って進むのだ。

タワシにはものづくりしかないゆえに、そのことでしかお返しはできないけれど、ハッとしてぐぅとかホッとしてハハハとかそんな事ができたらきっとみんなで楽しいと思う。

じゃあまたね、と言って別れることができる幸せは、またがくると信じて疑わない幸せはとんでもなく偉大だ。

そんな場所を作るのだ。

コーヒーは切れても牛乳だけは切らさないお店でありたいし、ルマンドをこぼしながら食べるお客さんに寛容でありたい。

もはやなんの話をしてるのかさえわからなくなっているが、それでも続けるために更新をしてしまう邪悪なタワシでもいたい。

明日もまた会いましょう。

じゃあまたね。

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