毎日毎日トーマスに乗って会社へ行くので、外に出た途端にいろんな顔に遭遇する。
半分眠った頭で思う。
なんで顔の形はいちいち違わなきゃならなんのか、と。
目や耳、鼻、口は生存率を高めるために必要だからついているんだと思うんだけれど、じゃあ形は全員同じでも良くないか?
いや、待てよ。
全員同じにするのが大変だから逆に全員違うのか?
だとしたら人間の構造はだいぶんファジーじゃないか?
それとも生存率を高めた先に種族保存問題などが絡んできて、種族保存に一役買う要素として恋に落ちるが必要で、恋に落ちる要素のひとつに外見が絡み、そのせいでバラバラなんだろうか。
いちメガネが考えたところで答えは出ないけれど。
タワシはプロフェッショナルとたくさん対話がしてみたい。
それもとっても優しいプロフェッショナルとな。
なんも知らないタワシにもレディース アンド ジェントルメンなヒトがいい。
そんな時間て相当刺激的でかつファンキーな体験だと思うのだ。
これは一個人的な思いであるが、タワシは人生のデフォルトは「ツライ」だと思っている。
なので人生は辛さからの脱出ゲームである。
頭が良くて金持ちで、性格も素晴らしく、メンタルも力も強く、顔立ちも文句なしなら、その要素をひとつも持っていないタワシには想像すらつかないが人生は楽しいかもしれない。
いや、どうかな。
しかしそんな六拍子が揃った人間はそうそういないと思われる。
大抵はみんな辛さとタイアップしながら生きているんじゃなかろうか。
脱出するために人の話は重要だ。
物事の本質は全てと繋がっていると思う。
小説や映画、コドモたちが語るよくわからん話の中にも本質は存在している。
ビジネスはビジネス書、勉強は教科書、哲学は哲学書からしか学べない?
そんなことはないだろう、とタワシは強く思う。
いろんなプロフェッショナルに話を聞いて聴いて自分の人生に効くお薬を調合するのは他の誰でもない、自分らなのである。
そのとっかかりを未来のPOTOLI TO PUTOLIが作る「アートと本と対話の店 LOILO」でやりたいのである。
はぁ、夢を語るのは気持ちがいいな。
明日は山を下りる。
ウィークエンドに向けて心は弾む。
がむしゃらか?
最高だ。