10円玉ちゃん、よかったよ。

タワシのロッカーのすぐ後ろの壁際に他の会社の誰かさんのサンダルが置いてあるんだが、昨日オフィスの更衣室にて、そのサンダルの上に10円玉がポツネンと乗っているのを発見してしまった。

OCDゆえだと思うのだが、タワシはそういう所在のわからぬものに対して異常に感情移入してしまうのである。

例えば冬場にどこかで手袋を片方だけ失くしたとする。

するとおそらく見つけることはもう不可能に近い。

一日中移動しているのだから。

じゃあ新しいものを買っちゃおー、とホントのところはそう思っているが、失くされてしまった手袋の気持ちを考えるとできる限りの探索はしなければいけない気がして、歩いてきた道を戻ったり、駅の落とし物保管所に連絡をしたりする。

できる事をしてそれでも見つからなければ「ごめんだったね」と心で思って気持ちを終わらせる事ができる。

そのものに思い入れがあろうがなかろうが、きちんと探さないのは自分がとても残酷な事をしている気持ちになりモヤモヤするのである。

自分で自分を本当に面倒くさいと思う。

たぶんタワシの目には全てのものに目と鼻と口がくっついて見えているんだと思う。

失くした者たちの悲しい顔が頭に浮かんでしまうのだ。

そんな性質であるから、昨日の10円玉を見つけた時も「あぁあ、これ始まっちゃうよ。」と一瞬で疲労した。

タワシにはお釣りの小銭をポッケに入れてそのままにしてしまう癖がある。

日曜日に履いたGパンには胃薬と強ミヤリサンを買った時のお釣りが入っていた。

そして昨日は日曜日のGパンを履いていた。

これはおそらくタワシが朝、着替えた時に落とした10円玉なのである。

場所からして8.7割タワシの10円玉なのである。

しかし。

10円玉を乗せたサンダルは他の会社の人のサンダルなのだ。

領土問題勃発である。

所有権やいかに、である。

1度手にした10円玉をもう一度サンダルに乗せる。

言わせてもらうがこれはテンが欲しいとか欲しくないの問題ではない。

タワシのテンならばちゃんと拾ってあげなければテンが泣いてしまう、という思いと、しかしこれがタワシのじゃなければタワシは泥棒になってしまうというジレンマである。

なにせ落ちていたのは他人様のサンダルの上なんだから。

ムムムムム。

どうしよう。

タワシは世間体に負けた。

テンを守ってやれなかった。

サンダルに置き去りにして帰宅したんだから。

心が痛んだ。

すぐ忘れたけれどな。

そして今朝、更衣室へ入りすぐにサンダルを見るとテンはもうどこにも見当たらなかった。

どこぞの優しい方にちゃんと引き取られていたのだ。

タワシは安心した。

ごめんだったよ。

でもよかったよ。

心からそう思った。

いろんな事がこんなふうに進んでいくので、健康優良児のようなフォルムやふざけたことばかり言っている装いとは裏腹に、生きづらいことしばしばある。

それでも根源的なところがひょうきんなので楽しく生きている。

もうポッケに小銭を入れっぱなしにするのはよそう。

ソファーに寝転がるたびにチャリンチャリンと落ちていたのだ。

もう何でもポッケに詰め込んで手ぶらだと思い込むのもよそう。

ズボンがずり落ちるほどの量なんだから。

結局両手でズボンを押さえて歩くならもうそれは手ぶらなんかじゃない。

お金はお財布、携帯電話はポシェットにしまう。

そんなタワシの夕べは、明日またみなはんとお会いするために仕事以上に頭を働かせるのである。

ちーん。

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