このまま薬漬けの余生を送るにはやはり抵抗があり、どこかでウワサなどを聞きつけたなら、がぶりと噛みつく勢いでいたゴッドハンド的な話題に常に聞き耳を立てていた。
思いもよらぬ、ぽ氏からの情報で「長年の頭痛が良くなったらしいよ」という、とある治療院の情報を入手し、5時半に起きて出かけた。
答えは自分の筋肉が教えてくれるらしき治療で、なんとも不思議なものだった。
昔患った病気やケガ、手術を思い出してくれと言われ、ふと思い出したのが鉄パイプ事件である。
うちの前には祖父が育てていたバラが、街ゆく人々が振り返るようにぐわっと咲いていた。
まだ小学校にあがるかあがらないかのタワシといとこはそのバラを取りたくて、でも届かなくて考えた。
祖父は、ドラム缶に燃えるものを入れて燃やすというスタイルの人間だった。
いつでもドラム缶は燃えていた。
そのゴミらをギュッギュッと押さえつけるためにドラム缶にはいつでも鉄パイプがぶっ刺さっていたのだ。
いとこは、はたと思いつき鉄パイプでバラを叩き落とし始めた。
タワシは下でキャッチしようとしていた、のだろう。
盛大に振り上げた鉄パイプがタワシの脳天をぶん殴って星が飛んだ。
その話を簡潔に話すと、脅すわけじゃあないけど、そういう昔のケガがずっと響いている事がある、と言われた。
そして頭の、ある位置をさわり「ここがすごくいやぁな感じがする」と付け加えた。
原因が見つからないという事は誠にストレスで、毎日の頭痛の原因がなんなのかわからないことはもちろんストレスだった。
タワシはだからその話を真正面から受け入れた。
原因がわかれば解決の糸口が見えるからである。
いとこに対して思う事は糸の先ほども何もありはしないが。
是非とも頭痛とは永遠にさよならをしたいものだ。
さて。
制限は人を縛ることもあるが、その先で解放という夢を与えてくれることもある。
いつ来るかわからぬ人を待つ59分間は永遠のようだが、1時間待たされると知っていたなら59分間を乗り越えたあとの1分間は楽しくさえある。
大きな地図の目的地にピンを打つか、何も打たずに毎回探すか。
時間のロスとかそんな話ではなく「少々の不安」が人から余裕を奪うのだ。
奪われた余裕は想像以上に人を小さくする。
気をつけろ!タワシ。
誰かに優しくできない時は余裕がない時と相場が決まっている。
人に優しくできてるか?
舌打ちなんぞ、してないか?
考えろ、タワシ。
そして笑え。
今日はホリデーである。
それではみなはん、また明日。
この場所で。