銀座にOKができる?アタイらの味方がお銀座にかっ!それならせめて店名だけてもOKではなく、高飛車にYes, you mayあたりでよろしく頼む。

誰かが思わず手紙を書きたくなるような文章を書けたら最高だな、と思っている。

その人の、個人的な思い出の匂いがふわっと匂ってきてそして、何かとガッチャンコしてしまったものだから思わず手紙を書きました、みたいなことだ。

今朝も何通かお手紙をいただいた。

だからメタバースや教育について再び考えた。

こういうのがたまらない。

事実という現実を生きなくてもよくなる日が近づいてきているのかなとか、なくても良い現実とあったほうがいいっぽい現実がぐちゃぐちゃになってやってくるものだから何だかよくわからないし、わかろうとする余裕もなくなってほとほと疲れてしまうんだよなとか考える。

たくさんの人達が時代を超え去る時に、重たい荷物なんて置いていきたいよ、と思うのは普通のことだ。

蓄積されたのは塗りすぎたマスカラを伝って流れ落ちる黒い涙。

時代が変わるのはたぶんみんなが疲れたからなのだ。

それがいいか悪いかはちょっとわからん。

だが自分が何を思っているのかは知っておこう、と今は思っている。

放り出す未来が来ないとは限らない。

どちらにしろあてもなく考えているから納得する努力ができるのだ。

ヨスッ。

さて教育に関しては生まれてから死ぬまで一生タダにしてほしいと思う。

タダと言ったら語弊があるが、国が全てを負担してくれ、頼む。

とおもっている。

もしくは50年分のタダ券を、生まれた時に配ってくれないか。

「学ぶ時」をアタイらに選ばせてくれ。

あの頃は学びたいだなんて思わなかったが、今は学びたい。

年齢と住所で仕分けされる時代は終わりだ。

やる気を見せたる。

Go ready go steady go,TAWASHI !

エンジョーイ。ヨスッ。

 

それではみなはん、また明日。

この場所で。

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