急にスゲ〜寒いんですけど。

秋っていつ来ていつ行っちゃったかね。

そのうち井戸端では「今年は秋があった。ラッキーだね」とかニュースでは「15年ぶりに春が来ました。」なんて時代にならんですよな。

 

さてと。

親指の日が終った。

明日は人差し指で明後日は中指。

小指の金曜日はもう指を折り曲げる必要はない。

これを繰り返している。

どうして繰り返せるんだろうか。

好きではない5日間と大好きな2日間をずっと。

ずっと続けられるんだろうか。

まぁそりゃ、生きるためなんだけど。

好きと好きじゃないの間を思うとき、いつも思い出す歌がある。

NOKKOの「わすれな草」だ。

 

あなたといる他のために退屈があり

 

何度読んでもどこに句点をいれたらしっくりくるのかわからないんだけれど、でもしっくり沁みる歌詞で、タワシはこの歌も他の歌もこの『ベランダの岸辺』(このリンクは「ベルベット・イースター」だけど)というアルバムがまるごと好きでよく聴いていた。

もう何年も聴いてない。

その時々ですり減るほどに聴いていた歌があった。

この歌が自分の全てを物語るんだ、と思っていた。

でもいつの日か聴かなくなり、ある時強烈に思い出し、聴いてみてもあの頃の気持ちだけは薄らぼんやりして帰ってはこないのだ。

忘れてしまったのか、あの頃のように感じることができないのか、どっちもなのかわからんが。

そう考えると、よくアーティストが昔の自分の歌を世にも奇妙にアレンジして歌う気持ちがわからなくもないな。

きっともう同じようには歌えないのだ。

思い出はそこへ戻るわけじゃなく「今ここ」から見ているだけなのだ。

今は後にも先にもなく、ここにあるってことか。

 

さて、牛乳を飲むか。

 

それではみなはん、また明日。

この場所で。

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1件のコメント

  ってなぁに?

グルン

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