友だちも同僚もみんなが働いていると思いながら家でぐうたらしていると気持ちが落ち着かなくなる。
泣かないけど泣きたい気持ちになる。
せっかく休んでいるのに勿体ない。
だから有休はなるべく外出したい。
本屋さんをうろうろしているのが1番いい。
まぁ、家にいないことが最も重要なのだけど。
おそらく自分をジャッジしているんだろう。
昨日のように体調不良だと出かけるのもダメな気がするし、だからと言って寝るほどでもないような時は空気の色が黄ばんで見える。
そうなったら泣きたい証拠である。
泣かないけど。
人々が仕事を終えて電車に乗る頃、やっと普通に戻る。
年を取り、もしも自分のいろんなことが認知できなくなったらたぶんタワシの目の前の空気はいつも黄ばんで見えるのではないか、と思う。
新しいことを覚えられなくなって、昔の大切な思い出も忘れてしまって、目の前には常に知らない子が入れ替わり立ち替わり、これをしなさい、あれはしちゃいけない、ここから外に出ちゃダメだよ、とかって優しくだけど勝手な事を言う時に、はいはい、と笑顔で応えられるだろうか。
不安の中で笑っていられるだろうか。
健康で、かつ自由に楽しい老後を送るために必要なのは、その言葉通り、やはり健康なんじゃないだろうか。
なければ困るお金だが、沢山あるからといって健康も、自由も楽しい事も手に入るわけではない。
だったらなるべく心がけることは自分も周りも健康でいる事なのかもしれない。
保険の見直しをするように、人生の優先順位もまめに更新し続けなければ。
人生の折り返し地点でそんな事を思う週の折り返し地点である。
それではみなはん、また明日。
眠れない夜も眠たい夜も今日の終わりにNIGAOE Portraitで会いましょう。
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