不安からの逃亡

朝から、朝だからか、昨夜の酒が内臓でどんな化学変化を起こしなさったのか?といった具合の匂いが電車に充満していて吐きそうになる。

さて。

今を生きるタワシは昔のことを知らないが、これはアゲインエンアゲイン、オンネンノンな事象なのだろうか。

世の中の私腹ばかりを肥やしているらしきポリティカルな輩は別として、世の中の人々は本当に疲れきっている。

夜な夜な酒を煽らねば翌日を迎えられないんだろうし、もう乗れませんよ、って電車に身体ごと押し込んで乗車する、か弱き女学生や、目の前の小さな画面だけが世界の全てみたいな人々のほとんどが疲れきっている。

かく言うタワシも疲れている。

なぜこんなことになってしまったんだろうか。

いろいろな原因があるんだろう。

しかし「不安」が相当デカいんではなかろうか。

未来に希望を持てなければ、なぜ己は今疲弊しながら生きるのだ、という気持ちになるに決まっている。

その不安をかき消すために嫌々働き、嫌々勉強をし、残りの時間は自分だけのために使う。

そりゃそうだ。

自然の摂理だよ。

なぜにこんなに不安を煽るんだろうか。

なぜに不安で縛り付けるんだろうか。

それが1番効き目があるからか?そ

れが1番金になるからか?

その金で輩らは幸せになったんだろうか。

いや、そうじゃないから今もせっせと不安を煽るんだろう。

幸せならばとっくに終わらせているはずだ。

自分の人生を想像すると恐ろしくなった。

ここから抜け出さねば、この取り繕われた不安から。

と思った。

しかしこれがなかなか難しい。

ひとりは不安なのだ。

でもまずは誰かのためではなく自分のためにどうにかしたい。

そこで協力し合うことが大切になってくるような気がしているのだ。

奉仕でも利用でもなく協力。

ググってみると「目的に向かって心を合わせ努力すること。」と書いてある。

目的を持っているかどうか、価値観が近いかどうか、努力ができるかどうか。

話はそれからだわな。

はぁあ。

がんばろっと。

 

それではみなはん、また明日。

眠れない夜も眠たい夜も今日の終わりにNIGAOE Portraitで会いましょう。

登録をどうぞお忘れなく。

ブログに戻る

コメントを残す

コメントは公開前に承認される必要があることにご注意ください。