自分の中でどんなふうに毎日を送っていたいかということが、綿飴を舐めて表面が固まるくらいには固まりつつある。
それも来年はコロッと変わっているかもしれないけれど、それはそれでできるだけ自分の思いに忠実に行動していきたいと思う。
この心の発芽や変化に「行動」が伴わない事が多くの人間の心を苦しめているんだと思う。
なのでフットワークを軽くしておく事と、気持ちや、やりたい事が変化した時に既に巻き込んで一緒に動き出していた周りの人に理解をいただいたり、謝罪したり、誠意を尽くしたけれど相容れなかった時に残るあちらの負の感情を背負う覚悟も培っておかなければいけない、と考える。
今までできていなかった事だ。
タワシは強迫性障害という厄介なものを抱えているので慎重に人との距離感はとっておかなければとも思う。
そしていよいよどう動くか、飛び込むか、はたまた手放すかというフェーズに入る。ここがとにかくビビるし、何を、誰を信じると決めたらいいかわからず更にビビる。
さらに別に金はない。
まぁ、そこはどうしようもないし、ないという事は必要ないのだと思い込んでできる範囲で始めるしかない。
そのほうがタワシの性質には合っている。
偉そうにつらつらと書いたわりにまだ動いてないのがタワシのチャームポイントで、しかし書いたからには何がしかの1ミリくらいは動くつもりである。
風を待っているのである。
そういえば1週間は「つき」や「ひ」「みず」「き」「きん」「つち」とバラエティーに富んでいるが「かぜ」がないね。
それではみなはん、また明日。
この場所で。