最近以前にも増してブログへのアクセス数を気にしなくなった。
ここまで1年半か。
結構一生懸命考えて書いているのでその見返りみたいなもんが欲しかったんだろう。
しかし目標としている数には全く届かず、やれクソつまらんアレがこの数を叩き出すのか!と唾を飛ばしながら怒り狂った日も数知れず。
しかしタワシは書くことをやめなかった。
ただそれだけだ。
文句を言わずにはいられなかったがやめなかった。
そのうちに数字を見るのがめんどくさくなり、そしてほとんど見なくなった。
疲れたっつうのかね。
べつに気にしない自分を自慢しているわけではない。
アクセスがないのに自慢もクソもあったもんじゃあない。
何が言いたいかと言うと、だ。
気にならなくなったのは「数に捉われない」というカッコイイ言葉で自分をラッピングしなかったからじゃないか。
と。
タワシには、なんかきれいすぎるんだよね、いろいろ。
思考は現実化するというが、世の中のその殆どが逆に思考していないように感じる時がある。
思考に蓋をして他人の美しい言葉をただなぞっているように見える時がある。
それが自分の思考なんだと思い込もうとしているかのように。
自分のためだけにそうするのは努力だと思う。
その努力は美しい。
しかし腹落ちしていないのに他人にまでラッピングしたそれを投げかけるのはどうなんだろう、と思っている。
そういうラッピングが投げられ、またラッピングされて投げられてそのうち本質は消えていく。
そんなことはないだろうか。
タワシは逆に苦しくなる。
美しい言葉に美しさが宿るわけではなく、美しい心が発するなんでもない言葉に美しさは宿るのだと思っている。
しごく個人的な長い長いただの呟きである。
それではみなはん、また明日。
この場所で。