Fのおじさん

何もしないと気分がどんどん落ちていくので、早朝から実家の引き戸や、手をつけたまま放置していた襖の貼り替えやらをしに行く。

誰も居ないので集中してなんやかややっていると「ピンポーン」とドアホンがなる。

うちのそれは古いので声だけで訪問者の顔は見えない。

「はい。」と受話器を取ると「あたしだ、あたし!」と、どら声が聞こえてきた。

この声はFのおじさんの声だ。

おじさんと陰で呼んでいるが本当はおばさんだ。

おじさんにしか聞こえないし見えないのだ。

玄関扉を開けるか開けないかで「アンタさ、これ!…あれっ?お母さんは?お父さんは?」と言われて嘘をつく。

タワシがここに着いた時に2人は居て、それぞれ違う高齢者施設に行く前だったのだ。

しかしそういう細かいことをFのおじさんに言うとそりゃもう酷いことになるのを知っているので何も知らないことにしたのだ。

諦めて帰るかと思ったがそんなに甘いはずがない。

手に小さな箱をひとつ持ちながら「これさ、うちの息子が大好きなんだよ。こないだ来るって言うからたくさん買っといたのに来なかったんだよ。これ、お母さん好き?お母さん好きじゃなければお父さん、あ、お父さんこないだあげた黒豆美味しいって言ってたからお父さん好きだよね?」と言う。

タワシは、知らんがなと思いながら「好きだと思います。ニコッ。」と微笑む。

Fじぃは「でもまずさ、おねぇちゃんこれ、食べてみてよ。あたしちょっとしたらまた来るから。そん時美味しかったらまだ冷蔵庫にあるから全部あげるから。本当のこと言ってよ!」と言うなり帰っていった。

腹は減っていないがいちごのチーズケーキのプリンみたいなものを完食しおじぃの再訪を待つ。

15分ほどするとまたピンポーンと鳴ってじぃが来る。

「どうだった?」

「美味しかったですよ」

「ホント?じゃあさ、これ5個渡すよ。おねぇちゃんも食べなよ、ね。だけどさ、これ賞味期限が21日だからさ、それまでに食べてよ。賞味期限気にする?うちの息子はさぁ、1日でも過ぎてるとうるさいんだよ。食べないって言ってさぁ。」とか他にもなんか言ってたかもしれないけれど、とにかくずーっと喋ってそして去っていった。

 

こういう近所付き合いが非常にめんどくさい時も嫌な思いをする事もあるんだけれど、要らないと排除するべき事なのかどうかは正直わからない。

人間は人間であることを忘れかけているような気がする。

いろんなちょっとした面倒すらどんどん排除していく事で自ら何か大きく無機質な機械の歯車のひとつになりに行ってやしないだろうか。

 

全然食べたくなかったけどFのおじさんが今日も元気なことを知ってよかったな、と思った。

 

それではみなはん、また明日。

この場所で。

 

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