コンプレックスについて

さぁて今日は猛烈だぜぃ、と思いながらYouTubeをポチン。

まぁ朝ごはん食べてるだけだからいいのですよ、と得意の言い訳をしながらぼーっと観ていた。

街ゆくおじたんにインタビューしている映像。

質問。

答える。

質問。

答える。

とあるおじたんが高卒だということにコンプレックスがある、という。

大学へ行っていたら良かった。なぜなら人の、自分を見る目が違うから、と。

そうか!

それだ!

人の目だ!

タワシも大学にいっていない、美大に行っていないというコンプレックスが猛烈にある人間なのだ。

このコンプレックスはもはやこれから大学に進学することでしか解消されないと思っていた。

つまりこの人生で学歴コンプレックスを消し去ることはできないんだ、と決めていた。

しかし、おじたんの一言で光が見えたのである。

おじたん、ありがとうござぁます。

 

最近タワシは「人の目」というのがある意味無意味だと思い始めている。

あ、いや、思い始められたことに喜びを感じている。

だって人の目という呪いは自分の人生をめちゃくちゃにぶっ壊すくらい猛烈なパワーを持っているんだから。

正確に言うと、人の目だと思い込んでいる固定観念なんだけど、でもあながちそれは間違いでもなくて、それがこのややこしい部分であるわけで。

でもさ、その、人の目を持った人間が一体自分に何をしてくれたっていうのか。

ほとんどの人間は何もしちゃくれない。

何もしてくれない人間の目なんてもはや石ころと同じだね。

石ころだらけの川っぷちを歩いていて、その石ころ全部に目玉がついていたとして、その上を歩くタワシをじーっと見ていたとしてそれが何だって話。

タワシは向こうへ行きたいので歩いている。

石ころの目は一生動けないままただただじーっとタワシを見ているだけなのだ。

まぁ、普通にホラーだけど。

本質が見える人は本質しか見ないのだ。

目玉のついた石ころに怯えていないで、本質が見える人に会いに行かなくちゃいけないね。

そのためにタワシは今日も歩く。

 

さぁて。

旅のはじまりはじまり。

 

それではみなはん、また明日。

この場所で。

 

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